☆福岡県太宰府市にある「太宰府天満宮」は、全国に約1万2千社あるといわれる天神さんの総本宮。学問の神様、菅原道真公に合格を祈願すべく、今頃の時季は多くの受験生でにぎわっています。この太宰府天満宮に、コーヒーにまつわるエピソードが残っていることをご存知でしょうか?太宰府天満宮延寿王院の社務日誌『延寿王院鑑寮日記』をひもといてみましょう。
☆ときは寛政9年(1797年)6月19日、快晴の午前中のこと。長崎から井手要右衛門という人物が延寿王院の当主を訪ねてきます。持参したのは、中国の書籍、食器、白砂糖、そしてコーヒー。井手要右衛門については詳しいことはわかっていませんが、当主と対等な関係にあり、貴重品とされた白砂糖や非常に珍しかったコーヒーを持参していることから、身分の高い武士か名字帯刀を許された豪商ではないかと考えられています。コーヒーは18世紀初めには日本に伝えられていましたが、長崎の出島で飲まれるようになるのは18世紀の後半のこと。しかも、主に出島に居留していたオランダ人が飲んでいただけで、一般の人々にはまだまだ縁遠い存在だったのです。さらに、これ以前にコーヒーが出島から持ち出されたという記録はなく、要右衛門の太宰府天満宮への献上品が最初に国内に出回ったコーヒーと考えられています。
☆次回はコーヒーがくすりとして使われていた記録をご紹介します。
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